生成AIは、経理担当者の代わりに決算や税務判断を完成させる道具ではありません。しかし、文章の整理、確認事項の洗い出し、定型文の作成などに使うと、経理業務の負担を軽くできます。
特に、担当者が少ない中小企業では、AIに任せる作業と、人が判断する作業を分けることが重要です。
この記事では、生成AIを経理で安全に使い始める方法を、具体的な業務例とともに解説します。
本記事は2026年8月14日時点の情報をもとにしています。利用するAIサービスの規約・設定・データ取扱方針は変更されることがあるため、導入時には最新情報をご確認ください。
生成AIが向いている経理業務
最初は、AIの出力に誤りがあっても、人が確認して修正できる作業から始めましょう。
1.経理資料の依頼文を作る
不足している通帳、請求書、領収書などを箇条書きで渡し、取引先や社内担当者に送る依頼文の下書きを作成できます。
プロンプト例
次の不足資料について、取引先に失礼のない簡潔な依頼メールを作成してください。提出期限、提出方法、問い合わせ先を記載する欄も設けてください。実在する会社名・氏名・金額は入力せず、仮名を使ってください。
2.内容不明取引の確認事項を整理する
通帳やカード明細だけでは内容が分からない取引について、「誰に、何のために、参加者は誰か」など、確認すべき質問のひな型を作れます。
AIに勘定科目を確定させるのではなく、会計処理に必要な事実を集めるために使うのが安全です。
3.月次レポートの説明文を下書きする
売上、粗利益、販管費、営業利益などの増減理由を担当者が整理したうえで、その箇条書きから経営者向けの説明文を作成できます。
ただし、増減の原因をAIに推測させてはいけません。「数値から確認できる事実」と「会社が把握している原因」を分けて入力します。
4.経理マニュアルを整える
請求書の発行、経費精算、証憑保存、月次締めなど、社内で決めた手順を読みやすいマニュアルに整理できます。
担当者の頭の中にある手順を文章化すると、引継ぎや業務の標準化にも役立ちます。
5.税理士への質問を整理する
生成AIに税務判断を求めるのではなく、事実関係、契約内容、金額、期限、知りたい点を整理し、税理士への質問文を作る用途です。
相談内容が整理されていると、確認の往復が減り、回答を得やすくなります。
生成AIだけで完結させてはいけない業務
次の業務は、AIの回答をそのまま採用せず、経理責任者や税理士などが確認する必要があります。
- 勘定科目や消費税区分の最終決定
- インボイス制度上の仕入税額控除の判定
- 給与、源泉所得税、社会保険の計算
- 減価償却方法や耐用年数の判断
- 法人税・消費税などの申告書作成と提出
- 契約の法的評価や税務上の有利・不利の判断
- 資金繰り、融資、投資に関する最終判断
生成AIは、もっともらしい文章で誤った内容を示すことがあります。数字が合っていても、前提となる法律、適用時期、届出状況が違えば結論は変わります。
入力してはいけない情報を決める
経理資料には、会社と個人の重要情報が含まれています。利用を始める前に、少なくとも次の情報を無断で入力しないルールを設けます。
- 顧客・従業員・取引先の氏名、住所、電話番号、メールアドレス
- マイナンバー、口座番号、カード番号、ログイン情報
- 給与・賞与・役員報酬などの個人別データ
- 契約書、請求書、領収書の未加工データ
- 未公表の売上、利益、資金繰り、買収・融資情報
- 取引先との秘密保持契約の対象情報
個人情報保護委員会は、個人情報を含むプロンプトを入力する場合、利用目的の範囲内であることや、サービス提供者が入力データを機械学習に利用するかなどを十分確認するよう注意喚起しています。
必要な場合は、固有名詞や個人を識別できる情報を削除し、「A社」「担当者B」「金額例」のように置き換えます。匿名化したつもりでも、複数情報の組合せで個人や会社が分かることがあるため注意してください。
公式情報:個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」
個人向けと法人向けサービスの違いを確認する
同じ生成AIでも、契約プランや管理設定によって、入力データの取扱い、保存期間、学習利用、管理者権限などが異なります。
OpenAIの公式案内では、ChatGPT
Enterpriseなどの対象となる法人向け環境について、事業データを既定でモデル学習に使用しないことや、アクセス・権限管理の仕組みが説明されています。一方、個人向けサービスではデータコントロールの設定内容を利用者自身が確認する必要があります。
「有名なサービスだから安全」と一括りにせず、実際に利用するプラン、設定、連携先、保存期間を確認してください。
中小企業向けの最低限のAI利用ルール
最初から長い規程を作る必要はありません。まずは1枚程度のルールを作り、次の項目を決めます。
| 項目 | 最低限決める内容 |
|---|---|
| 利用サービス | 会社が承認したサービスと契約プラン |
| 利用者 | 利用できる担当者と管理者 |
| 利用目的 | 下書き、要約、質問整理など許可する用途 |
| 入力禁止情報 | 個人情報、機密情報、認証情報など |
| 確認者 | 会計・税務・対外文書を確認する責任者 |
| 保存 | プロンプトや成果物をどこに保存するか |
| 事故対応 | 誤入力・誤送信に気づいたときの報告先 |
IPAは、AI利用者向けのセキュリティ対策として、クラウドAIへ営業秘密を安易に入力しないことなどを案内しています。経済産業省のAI事業者ガイドラインでも、安全性、公平性、プライバシー保護、セキュリティ確保、透明性などが共通の指針として示されています。
公式情報:
導入は「小さく試して、毎月見直す」
中小企業では、次の順番で導入すると管理しやすくなります。
- 資料依頼文など、機密性が低く正誤を確認しやすい業務を1つ選ぶ
- 実在情報を使わない共通プロンプトを作る
- AIの出力を必ず人が確認する
- 短縮できた時間と、修正が必要だった箇所を記録する
- 問題がなければ対象業務を1つずつ増やす
いきなり会計データ一式を読み込ませたり、仕訳登録や送信まで自動化したりするのは避けましょう。「読む・下書きする」と「登録・送信・申告する」を分けることが、安全な導入の基本です。
まとめ
生成AIは、経理担当者や税理士の判断を置き換えるものではありません。資料依頼、確認事項の整理、報告書の下書き、マニュアル作成など、人が検証できる補助作業に使うことで効果を発揮します。
最初に決めるべきことは、便利なプロンプトよりも「何を入力しないか」「誰が確認するか」です。小さな業務から試し、社内ルールと確認手順を整えながら活用範囲を広げましょう。
新星パートナーズ会計事務所
代表・税理士 井河 伸郎
税務・会計に関する記事は、専門家の立場から内容を確認しています。
本記事は、一般的な情報の提供を目的としています。個別の取引や税務上の取扱いについては、契約内容や事実関係によって判断が異なる場合があります。また、掲載内容は記事作成時点の情報に基づいています。最新の情報は、各サービスの公式サイトや関係機関の公表資料をご確認ください。

